軌跡[001]

結語

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 僕の専門は政治学です。ところが今まで、哲学や社会学というものになぜかひどくコンプレックスを抱いていました。僕がこの水泡草という場所を作ろうと思ったのも、そのコンプレックスのためなのかもしれません。そして、そのコンプレックスの原因がようやく分かりました。哲学も社会学も、対象の範囲がひどく広く、ありふれているのです。例えば政治学は国家間関係や国内行政など、自分と直接は関わりのないものしか対象にできません。しかし、哲学や社会学は、自分のごく身の回りの物事すら、さらに言えば自分自身すら対象にできるのです。自分のすぐ近くで起きている現象、自分やその周りの人間の行動、そういったものを理論的に考察できるわけです。僕はそこに焦りを感じていたのだと思います。彼らはすぐそこのそれについていくらでも論じることができるのに、僕はどこか遠くのどれかについてしか論じることができない。そういうことだったんだなあと思いました。

無宗教の宗教

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 第1段の「最も愛するもの」とは、結局の正体は宗教なのではないだろうか。宗教を「心のよりどころ」と捉えると、いわゆる宗教を持たない我々が何をよりどころにして生きているのか、すなわち我々の持つ宗教は何か、という問いに転化できるように思った。そういった意味で、無宗教は存在しない、あるいはその考え自体宗教性を持っている、とも言える。

ヤンデレと自己愛・補遺

タグ:構成要素 ヤンデレ サブカルチャー

 前段で書いたことについて。著名なヤンデレといえば桂言葉、芙蓉楓、園崎詩音の三人が挙がるだろうか。この中で言葉と詩音については前段で言ったヤンデレ像をほぼそのまま沿っていると思うのだが、あとの二人はどうも微妙だね、と書いたあとで思ったり。楓は途中までは健気に主人公のためを思って行動するけど、最後の最後でとる行動(時雨亜沙に出てけとかどなっちゃう)はどちらかというと「自分の利益」を目指したものだよね、と。でも楓がヤンデレじゃないとまでは言えないだろう。ありゃヤンデレだ。ヤンデレ谷のヤンデレぬし様だ。

ヤンデレと自己愛

タグ:構成要素 ヤンデレ サブカルチャー

 友人がリアルにヤンデレな人に悩まされているらしい。彼女はそのヤンデレさんについて、次のような特徴を挙げていた。「特殊な趣味を押し付ける、相手の愛情を確かめる為に困らせたり心配させる、悲劇の人っぽい振る舞いをする」など。友人にしつこくせまってくるので困っているのだとか。でもこれは、友人には悪いけど、ヤンデレじゃない気がする。

長篇すすまないです

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 本屋に行って趣味の本をいろいろと見てきた。京都市電とか未成線とか。困ったことに、読んでいるうちに「ああ、路面電車とかすごくレトロなガジェットだよな。ぜひ水東京に入れたい」とか思ってしまって、また設定やプロットの練り直しですよ。楽しいし、もう慣れたけど。ちなみに水東京というのは、構想だけはいっちょ前に五年以上かけている長篇小説(未成)の作品名『水東京ニライカナイ』のことです。大学生になったら暇にあかせて書き上げられるだろうなどと思っていたら、なぜか法学部ってクソ忙しいですね。みんながみんなロースクールに行きたいとか思ってたら大間違いですよ。

無題

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 mixiに書いたことだけど、評論系ブログにコメント欄は必ずしも必要ないよね、コメント欄がないからって非難するのはお門違いだよね、ってお話。それ関連でついでの思いつきなんだけど、たとえコメント欄を開放して反論に対する再反論などを律儀に展開していたとしても、ブログの記事というのはいつか流れゆく宿命なのです。最新の記事だった頃は管理人もコメント欄をチェックするでしょうが、大昔に書いた記事となると果たしていちいちコメントチェックなぞしていくでしょうか。私ならしない。面倒だし、だいたい全記事のチェックをするとなると記事を増やすごとに負担が増えていくことになる。更新の意欲がそがれる原因になるよね。かといって新しい数件のものしかチェックをしないとなると、それでは「コメント機能がないのは自分の発言に責任を持っていないのと同値」という主張はますます妥当性を失う。最新のものだけ見て、昔の記事に対するコメントには無視を決め込んでも発言の責任を持ったことになるなんて、どう考えても片手落ちだろう。mixiをやっていない人のために次段落以降に当該記事の引用を置いておくね!

どうでもよくエラスティックなつぶやき

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 このサイトは横幅が全角文字でおよそ40字弱(38em)になるように設定されている。文字数を基準にしているので、ブラウザで文字のサイズを変えれば当然サイトの横幅も変わる。これは一つには、一行あたりの字数は35字から45字が一番読みやすいとどこかで見たことがあるからで、もう一つには600pxなどの完全固定幅にしてしまうと、ヘッダやフッタのデザインが崩れたり、ブラウザの文字サイズによっては一行あたりの字数が極端に多くなったり少なくなったりするからだ。ただ、このデザインもいくつか欠点があって、代表的なものだと例えば文字サイズが極端に大きかったりすると横スクロールバーが表示される、画像サイズまでは変更されないため、結果デザインが崩れることがある、など。私としてはヘッダやフッタのデザイン崩潰を防ぐための次善の策だったわけですが、調べてみるとこの手法、「エラスティック・レイアウト」という新しいレイアウト法として、若干注目されていたりするらしい。へえ、知らなんだ。

 

水泡草過去ログ

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