第16段

時代の流れ

タグ:構成要素 インターネット 運営

 ようやくサイトのリニューアル作業がほぼ完了。あとは細かなチェックとかをして、三時間後くらいにはアップできるんじゃないかな、と。終わったら全力でテスト勉強とかありえん。結果無価値とか行為無価値とかわけ分からん。どっちでもええがな。

 それにしても思う。時代って変わったな。というのもですよ、コーディングが全部終わってあとは最終動作確認だ、となって、パソコンにインストールされてるブラウザを総動員したわけです。IE7、Firefox2/3、Safari3、Opera7/8/9という、何とも豪華な前触れ。ちなみにOpera7ではいっそ笑えるくらいに表示が崩れていたので、颯爽と切り捨てです。で、そのときに感じたんです。「昔こういうチェックの時に使ってたブラウザって、もっと違ったよな

 気になって大昔に管理していたサイトのデータを引っ張り出し、動作確認の項を読んでみるとすごいのなんの。IE5.5、NN6/7、Mozilla1、Opera5/6/7とかもうね。なんだNNって。存在すら忘れてたよ。思えばあの頃はそもそもgoogleすらほとんど知られてなかったんだ。検索といえばYahoo!かgoo、LYCOSなんてのもあった。そこに新世代検索エンジンとしてgoogleがもてはやされるようになって、そこに颯爽とライバルとして登場したTeomaなんてのもいた気がする。わくわくしたよなあ。すぐに見なくなったけど。

 こうやって考えると、インターネットっていろんなものが出てはすぐに消えていくんだよな。短いタイムスケールで見てもそうだし、俯瞰しても同じ。今のVIPとかを見てると、一日とか一時間とかで廃れる流行なんてのが本当にあったりして、ああいうのがネット社会の最も極端な形だと思う。一方で昔から続いてたサイトがぽつんと消えたり。現れては消えていく。何かこう、非日常なんだよな。ネットって。さっき流行って書いたけど、それこそまさに非日常で、普段と違うものを求めるがために斬新なものに飛びついて、それが陳腐化すると、日常になると、すぐに捨て去る。非日常の構造ってこういうことだと思う。批判もあろうけど、でも上のような感じだからこそ面白いんだと思う。

 だんだん何が言いたいのか分からなくなってきたけど、とにかく。ネットは非日常だから面白いんだよと。日常にしちゃダメなんだよと。えーとつまり、ネット中毒ダメ、絶対。

 

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