第22段

無題

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 mixiに書いたことだけど、評論系ブログにコメント欄は必ずしも必要ないよね、コメント欄がないからって非難するのはお門違いだよね、ってお話。それ関連でついでの思いつきなんだけど、たとえコメント欄を開放して反論に対する再反論などを律儀に展開していたとしても、ブログの記事というのはいつか流れゆく宿命なのです。最新の記事だった頃は管理人もコメント欄をチェックするでしょうが、大昔に書いた記事となると果たしていちいちコメントチェックなぞしていくでしょうか。私ならしない。面倒だし、だいたい全記事のチェックをするとなると記事を増やすごとに負担が増えていくことになる。更新の意欲がそがれる原因になるよね。かといって新しい数件のものしかチェックをしないとなると、それでは「コメント機能がないのは自分の発言に責任を持っていないのと同値」という主張はますます妥当性を失う。最新のものだけ見て、昔の記事に対するコメントには無視を決め込んでも発言の責任を持ったことになるなんて、どう考えても片手落ちだろう。mixiをやっていない人のために次段落以降に当該記事の引用を置いておくね!

 思うのだけれど個人レベルでのブログにコメント機能は必要なのかねー。いや、日々の日常とか思ったことを書いて感想やらで盛り上がりましょうー、的なほのぼのとしたブログならいいんですけど、政治的な主張やら他者への批評やらが中心でコメント機能がついていないブログを叩く傾向に賛同できないですよ。

 最近は炎上やらが頻繁に起こるようになって、執筆側にいたずらな恐怖感を与える材料になってます。本当に思っていることを更新できないというのは批評系のブログにとってはマイナスですよね。だったらいっそコメント機能を取っ払うことで思い思いに記事を書くというのは、理にかなった行動だと思うわけです。中には「自分の発言に責任持てー」的なことをいう人もいますが、自分の発言に責任を持つことと、自分宛のどんな反論や罵倒も(それがたとえ非論理的であったり言い過ぎであったりすり替えであったりしても)まるっと自説の下に公開することはまったく異なりますよ。多分。ころころ自説を変えたり反論がくると閉鎖したり、というのは無責任かもしれませんが、そうでなければ普通に主張を展開するスペースをもって発言しているだけで、十分責任を備えてると思うのですがねー。

 あ、あれですよ。有名なオピニオンリーダーとかそういう、影響力の極端に大きい人とかは例外になることもあるですよ。念のため。

 

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