《構成要素》のタグ検索結果

結語

タグ:構成要素 運営

 僕の専門は政治学です。ところが今まで、哲学や社会学というものになぜかひどくコンプレックスを抱いていました。僕がこの水泡草という場所を作ろうと思ったのも、そのコンプレックスのためなのかもしれません。そして、そのコンプレックスの原因がようやく分かりました。哲学も社会学も、対象の範囲がひどく広く、ありふれているのです。例えば政治学は国家間関係や国内行政など、自分と直接は関わりのないものしか対象にできません。しかし、哲学や社会学は、自分のごく身の回りの物事すら、さらに言えば自分自身すら対象にできるのです。自分のすぐ近くで起きている現象、自分やその周りの人間の行動、そういったものを理論的に考察できるわけです。僕はそこに焦りを感じていたのだと思います。彼らはすぐそこのそれについていくらでも論じることができるのに、僕はどこか遠くのどれかについてしか論じることができない。そういうことだったんだなあと思いました。

無宗教の宗教

タグ:構成要素 宗教 自己

 第1段の「最も愛するもの」とは、結局の正体は宗教なのではないだろうか。宗教を「心のよりどころ」と捉えると、いわゆる宗教を持たない我々が何をよりどころにして生きているのか、すなわち我々の持つ宗教は何か、という問いに転化できるように思った。そういった意味で、無宗教は存在しない、あるいはその考え自体宗教性を持っている、とも言える。

ヤンデレと自己愛・補遺

タグ:構成要素 ヤンデレ サブカルチャー

 前段で書いたことについて。著名なヤンデレといえば桂言葉、芙蓉楓、園崎詩音の三人が挙がるだろうか。この中で言葉と詩音については前段で言ったヤンデレ像をほぼそのまま沿っていると思うのだが、あとの二人はどうも微妙だね、と書いたあとで思ったり。楓は途中までは健気に主人公のためを思って行動するけど、最後の最後でとる行動(時雨亜沙に出てけとかどなっちゃう)はどちらかというと「自分の利益」を目指したものだよね、と。でも楓がヤンデレじゃないとまでは言えないだろう。ありゃヤンデレだ。ヤンデレ谷のヤンデレぬし様だ。

ヤンデレと自己愛

タグ:構成要素 ヤンデレ サブカルチャー

 友人がリアルにヤンデレな人に悩まされているらしい。彼女はそのヤンデレさんについて、次のような特徴を挙げていた。「特殊な趣味を押し付ける、相手の愛情を確かめる為に困らせたり心配させる、悲劇の人っぽい振る舞いをする」など。友人にしつこくせまってくるので困っているのだとか。でもこれは、友人には悪いけど、ヤンデレじゃない気がする。

長篇すすまないです

タグ:構成要素 運営

 本屋に行って趣味の本をいろいろと見てきた。京都市電とか未成線とか。困ったことに、読んでいるうちに「ああ、路面電車とかすごくレトロなガジェットだよな。ぜひ水東京に入れたい」とか思ってしまって、また設定やプロットの練り直しですよ。楽しいし、もう慣れたけど。ちなみに水東京というのは、構想だけはいっちょ前に五年以上かけている長篇小説(未成)の作品名『水東京ニライカナイ』のことです。大学生になったら暇にあかせて書き上げられるだろうなどと思っていたら、なぜか法学部ってクソ忙しいですね。みんながみんなロースクールに行きたいとか思ってたら大間違いですよ。

無題

タグ:構成要素 ブログ インターネット

 mixiに書いたことだけど、評論系ブログにコメント欄は必ずしも必要ないよね、コメント欄がないからって非難するのはお門違いだよね、ってお話。それ関連でついでの思いつきなんだけど、たとえコメント欄を開放して反論に対する再反論などを律儀に展開していたとしても、ブログの記事というのはいつか流れゆく宿命なのです。最新の記事だった頃は管理人もコメント欄をチェックするでしょうが、大昔に書いた記事となると果たしていちいちコメントチェックなぞしていくでしょうか。私ならしない。面倒だし、だいたい全記事のチェックをするとなると記事を増やすごとに負担が増えていくことになる。更新の意欲がそがれる原因になるよね。かといって新しい数件のものしかチェックをしないとなると、それでは「コメント機能がないのは自分の発言に責任を持っていないのと同値」という主張はますます妥当性を失う。最新のものだけ見て、昔の記事に対するコメントには無視を決め込んでも発言の責任を持ったことになるなんて、どう考えても片手落ちだろう。mixiをやっていない人のために次段落以降に当該記事の引用を置いておくね!

 思うのだけれど個人レベルでのブログにコメント機能は必要なのかねー。いや、日々の日常とか思ったことを書いて感想やらで盛り上がりましょうー、的なほのぼのとしたブログならいいんですけど、政治的な主張やら他者への批評やらが中心でコメント機能がついていないブログを叩く傾向に賛同できないですよ。

どうでもよくエラスティックなつぶやき

タグ:構成要素 運営

 このサイトは横幅が全角文字でおよそ40字弱(38em)になるように設定されている。文字数を基準にしているので、ブラウザで文字のサイズを変えれば当然サイトの横幅も変わる。これは一つには、一行あたりの字数は35字から45字が一番読みやすいとどこかで見たことがあるからで、もう一つには600pxなどの完全固定幅にしてしまうと、ヘッダやフッタのデザインが崩れたり、ブラウザの文字サイズによっては一行あたりの字数が極端に多くなったり少なくなったりするからだ。ただ、このデザインもいくつか欠点があって、代表的なものだと例えば文字サイズが極端に大きかったりすると横スクロールバーが表示される、画像サイズまでは変更されないため、結果デザインが崩れることがある、など。私としてはヘッダやフッタのデザイン崩潰を防ぐための次善の策だったわけですが、調べてみるとこの手法、「エラスティック・レイアウト」という新しいレイアウト法として、若干注目されていたりするらしい。へえ、知らなんだ。

閉鎖性についてのメモ

タグ:構成要素 インターネット

 誰でも思いつくことだし、いくつものサイトに書かれているだろうことだけど、今のネットって本当に閉鎖的ですよね。ネット人口が増え、ネットの範囲が広がるのに反比例しているような気がする。閉鎖の極北がやっぱりmixiとかの閉鎖的SNSかな、と。自由が際限のないものになっていくと、自由は責任を伴うようになってしまうため、かえって自由が重荷になる。だから人間は自らの自由を制限することで責任から逃げようとする。こんな趣旨のことをいった人がいたと思うんですけど、誰だったかな。フロムかサルトルかあたりだったと思うんだけど、思い出せない。私はあまり教養のない人間なので、「○○いうところの××に通ずるものがある」などと原典をさらりと引用などできないのさ。ともかく、そのフロムだかサルトルだかの説に通ずるものがあるよね、ってお話。

リンクについて

タグ:構成要素 インターネット 運営

 リンク先のLOVER'S NESTさんがいつの間にかサイト消滅していました。以前から更新していない状態が続いていたものの、いきなりサイトがなくなっていると何だかショック。これでリンクページから張られている外部リンクはたったの三件(しかもうち二件は小説検索エンジン)になってしまった。もはやリンクページの存在意義自体ほとんどないんじゃないだろうか、という気にすらなってくる。いっそ取っ払ってしまうのも手なのかなあ。もう時代はブログやmixiで、相互リンクやら何やらの時代は終わってしまったわけだし。さみしいなあ。

一日6hitだけど

タグ:構成要素 ブログ インターネット

 まあ件名ほど悲惨な事態でもないんだけど、大差ないアクセス数ですよびびび文庫。しかし所属しているサークルのブログから先輩の手によりリンクを張られてしまって以降、アクセス数がある程度上昇して、慣れない大量訪問者に困惑を隠しきれないところ。

攻殻6話のエレベータ

タグ:構成要素 サブカルチャー サイバーパンク

 アニメ「攻殻機動隊」の第6話で、少佐が課長とエレベータ内で会話をするシーンがある。そのエレベータの内壁なのだけど、大変メタリックで、金属板を幾何学的に継ぎ接ぎしたような外観になっている。そういう継ぎ接ぎメタリックの表現技法は近未来SF全般に広がっているようで、よくお目にかかる。不思議なことに、あれを見て私たちは「近未来だあ」と感じるようになっているようだ。でもどうなんだろう。

時代の流れ

タグ:構成要素 インターネット 運営

 ようやくサイトのリニューアル作業がほぼ完了。あとは細かなチェックとかをして、三時間後くらいにはアップできるんじゃないかな、と。終わったら全力でテスト勉強とかありえん。結果無価値とか行為無価値とかわけ分からん。どっちでもええがな。

ヤンデレ萌えって何だろう

タグ:構成要素 ヤンデレ サブカルチャー 自己

 何でヤンデレが流行しているのだろう。まあこれは前から考えてはいたことで、今の所の自分なりの結論としては、だ。ヤンデレは自らの精神を破壊し、時には何らかの外的存在を攻撃してでも相手に愛情を表現しているわけです。それは相手から見れば「そこまでして俺のことを愛してくれているのか」となる。「愛する」=「存在を認める」と考えれば、ヤンデレとは多大な犠牲を払ってでも自分の存在を肯定してくれる存在だ。言い換えれば、それだけはっきりと自己の輪廓を浮き彫りにしてくれるわけで。そこに無意識のうちに惹かれている人が多いんじゃないかなあ、とね。自己の喪失感に悩んでいる人たちが、自己の確認、自己の肯定を求めてヤンデレに走ってる。――まあ、十中八九考えすぎでしょうね。

ヤンデレって何だろう

タグ:構成要素 ヤンデレ サブカルチャー

 どこまでがヤンデレなんだろう。突拍子もない疑問だけど、とりあえず書いてみる。昨年の学祭で漫研が「ヤンデレカレンダー」なるものを展示していて、まあ予想通りカレンダーの各月ごとにヤンデレでならしたキャラクターの絵があしらわれている代物なのだけど、なぜかその中に朝倉涼子の絵が。朝倉はヤンデレじゃないだろと突っ込まずにはいられなかったわけだけど、じゃあどこまでがヤンデレなのか。というかヤンデレってなんなんだ。

イイ!アクセス

タグ:構成要素 インターネット

 FLASHムービー等が貼り付けられる掲示板で最近、「ニコニコで見たな」という類のコメントがついているのが目立つ。まあ、それはいいんだけど、係り結びのような「FLASH版があったのか」という反応を見る度に、何だかなあとなる。ニコニコのもたらしたものは大きいね。一定以上の影響を与えるような歴史的事件は、どうもそれ以前の歴史を抹消するらしい。影に隠れるんだろうな。

標準 vs. 2.0

タグ:構成要素 インターネット

 W3Cつながりで軽く思ったんだけど、Web2.0とやらとWeb標準って矛盾してる気がする。Web2.0って要するに閲覧者からも情報の発信が可能って考え方で、Web標準はHTMLの思想をしっかり理解したWeb運用をってことだと理解してる。となると、Web標準(特にXHTML1.1勧告とかその辺の勧告案遵守性)を守ろうとすると、情報発信者にはそれなりの知識が必要になってくる。すると情報発信の萎縮につながる(めんどくさい)。Web2.0に逆行。まあ、Web2.0という考えがそもそもあれなわけで、そりゃ対立もするとは思うけど。

水泡草とTwitter

タグ:構成要素 運営

 今サイトのリニューアル作業を進めている。リニューアルと言っても見た目にさしたる変化はなく、ほとんどがコーディングの見直しだ。ほとんど論理のみに依拠したコーディングに変換中。もしかしたら自分は軽くW3C信者かもしれない。まあ、軽くだけど。

諸分析の統合(7-9)

タグ:構成要素 サイバーパンク

 第7段から第9段までを俯瞰すると、両文字に「見慣れてはいるが異質」(第7段から第8段)、「未開にして巨大な恐怖国家」(第9段)という二つのイメージが共通していることに気づく。思うに、この二つのイメージこそサイバーパンクにおける重要なファクターなのではないだろうか。言ってしまえば、サイバーパンクの本質はラッカーが言ったような新しさにあるのではなく、むしろ逆、どこか前時代的な不安感にあるのではないか、というのが今のところの私の考えだ。多分。

中・露の文化分析

タグ:構成要素 サイバーパンク

 歴史的に見て両文化とも独裁・閉鎖国家の傾向が強い。現在でもロシア聯邦は極めて強権的な閉鎖的国家である(スパイ事件などを想起すればわかりやすいか)し、中華人民共和国などは言うまでもなく完全な閉鎖独裁国家といえよう。また、両文化とも、進歩主義的な観点を採用するとすれば、政治的にも経済的にも、あるいは技術的にも後進的な国家であろう。また、両地域ともに共産主義の一大拠点だった事実にも注目したい。

繁体字・簡体字の分析

タグ:構成要素 サイバーパンク

 繁体字、簡体字の特徴は日本人からすれば、ある程度親しみがある反面、まったく異質な要素をも含む、と言う点が挙げられる。たとえば「伝」という字ひとつとっても、繁体字では「傳」、簡体字では「传」だ。繁体字との差異は国語改革という「劃期的な」発明の賜物であるが、それにしても簡体字は異質という他ない。また、文章のすべてが漢字のみで構成されているというのも大きな特徴だ。

 

水泡草過去ログ

 数字が大きいほど新しいログが表示されます。


タグ検索